研修の目的

今日で8月も終わりですね。8月31日に「夏休み最後」というフレーズはあまり使われなくなってきました。元々、北海道や東北地方の学校は夏休みが短く冬休みが長いので8月中に2学期が始まっていましたし、最近は都内の学校でも8月下旬から2学期が始まる学校が増えています。うちの近所(埼玉県南部)の小学校は今日が2学期の始業式でしたし、先週研修でお邪魔した都内の学校でも28日が始業式と聞きました。

例年のように夏休みの始めと終わりは研修の依頼が多いのですが、今年は26回目の訪問となる離島の小学校の研修が夏休み最後の研修となりました。昨日帰ってきて、まだ少し船酔い中(-_-;)。今年は新学習指導要領移行措置の1年目、外国語・外国語活動は時間増、教科化、必修学年引き下げといった大きな課題を抱えているため依頼内容も例年と大きく変わり、研修の準備のために勉強しなければならないことが多くて大変でしたが、それはそれでちゃんと自分の身になっています。私の場合は。

小学校の先生はというと…どの学校に行っても気になることがありました。それは、高学年の読み書きについて先生方の知識や経験が少ないとか、新教材がわかりにくいとか、そういうレベルの話ではなく、先生方の意識です。それぞれの学校で外国語教育の中心になっている先生方が口々におっしゃるのが「外国語の研修を〇時間やらなければならない。」といった内容です。しかも単に時間数だけ満たせばよいわけではなく、使用するテキストや課題が指定され、関連資料が膨大なうえに、講師は誰でもよいというわけではなく、中核の先生が外部で学んだことを還元する、つまりご自身が講師であることが前提のようです。こうなるとますます「やらなければならない」といった義務感ばかりが強くなってしまいます。

私はよく研修で「楽しいだけのゲームやアクティビティはダメ。それぞれの活動が本時の目標、単元の目標達成にどう結びつくのか、その活動を通して児童にどのような力をつけたいのか考えましょう。」ということを強く訴え続けています。おそらくこれは私に限ったことではないでしょう。

先生方の研修も然り。研修は何のため?先生方の指導力向上のためですが、最終的にそれが児童生徒の学力向上にならなければいけないはずです。その点がどこかにすっ飛んで「教育委員会から通達があったからやらなければ」という、悪く言えば「いやいや」研修をしても先生方の指導力が向上するはずもなく、もちろん児童生徒には何のプラスにもなりません。さらには、特に教科となる高学年の外国語については「〇〇についてもっと勉強したい、あの先生の研修を受けたい」と思っていても、役所から降りてきた研修をまずこなさなければならず、それ以外の外国語の研修はこれ以上増やせないという声も聞こえます。そりゃ、そうですよね。小学校の先生は英語だけ教えているわけではありませんし、授業以外にもやらなければならないことは山のようにあるわけですから。(そういう中で「わざわざ」私を研修講師として迎えてくださる学校には感謝せずにはいられません。)

夏休み中に研修でお邪魔した都内の学校はすべて、研修の前後に中核教員の先生と個別相談会のようになり、本来私が講師として研修する内容以外に、その先生が中心となって行う校内研修の在り方についても質問を受けました。先生方がざっくばらんに困っていることや悩んでいることを言ってくださるのは私にとってもありがたいです。もっと現場の先生方に寄り添った研修を行うにはどうしたらよいか考えるヒントになりますから。今のままだと本当に役所に出す報告書を整えるための研修になりかねません。スケジュールをやりくりして夏休み中や放課後に校内研修を行っても結局は先生方の身にならず、研修の準備に携わった先生のご苦労が子どもたちのためにならないどころか、その研修に参加している時間でもっと他のことができたのに…と思ってしまう先生方もいらっしゃるのではないでしょうか。

役所は自分の部署に関連した事業しか考えずに「こういう研修を何時間やれ」と気安く振ることができるのでしょうが、現場をもっと見るべきではないでしょうか。このままだと先生方は疲弊してしまい、何のための研修かわからなりそうです。(もうなってるかも。)研修はただやればよいというものではありませんし、資料も作って配ればよいというものでもありません。(作った側は多額の税金を費やして立派な冊子ができれば満足かもしれませんが。)教育委員会の人たちには、研修のその先にいる子どもたちの顔がどれだけ見えているのでしょうね。


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