極論に笑うしかない

さきほどネットで見つけた記事を読んで思わず苦笑しました。

「英語の成績が良い子」が「勉強のできる子」でなくなった理由
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180327-00164655-diamond-soci&pos=2


タイトルからして笑えます。だって昔から「英語の成績が良い子」だけど「他の教科の成績は今一つ」という子をたくさん見てきましたから。

この記事の中で、早期英語教育への過熱を懸念する意見には賛成ですし納得もできます。ただ、筆者が決定的にはき違えているのは「スピーキング」と「英会話」を混同している点です。以下、青字は記事からの引用です。

英語の授業が英会話中心になった

↑誰がそんなこと言ったの?もしかしたら一部の英語教室あるいは英会話教室で「うちの教室は英会話中心のカリキュラムです」と謳っているところはあるかもしれませんが、少なくとも学校の外国語の授業では「英会話中心」などということはあり得ず、(実際はまだ「読むこと」に偏っている授業は存在しますが)「四技能をバランスよく」ということはずっと以前から強調されています。例えば、TEAP(大学入試の代わりとなる英語テストの一つ)のスピーキングテストでは日常会話は出題対象外です。

世界で最も通じるのはスリランカなまりの英語であり、アメリカ人の英語はあまり通じないというのが現実だ。日本語なまりの英語も非常に通じやすいという。

これも客観的なデータがあっての記述か疑問です。日本語なまりの英語が通じやすいかどうかは場面や聞き手にもよるでしょうし、「非常に」という修飾語はいくら何でも大げさ(虚偽に近い?)ではないでしょうか。

最も重要なのは“話す中身”だということ、そして、そのために優先すべきは英会話力ではないことを、これからのグローバル社会で生きていく子どもたちにはきちんと教えるべきだ。


「話す中身が重要」という点は同意できますし、私は20年も前に当時勤務していた高校で、英語科全体がこういう方針でカリキュラムを組んでいました。別に「これから」という話ではありません。しかも「話す中身」があってもある程度の英語力(≠英会話力)がなければ、その「中身」も他人に伝えることはできません。文学や文化評論を読んで訳しているだけでは伝える力もつきません。

こういうド素人がもっともらしいことを書いて、それに惑わされてしまう大人も多いのでしょうね。

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