最後の授業

JTEとして勤務している小学校で、私が担当する外国語活動の授業は今日が最後でした。自治体の規定でJTEの勤務は学級当たり21回と決まっているのです。

今日は私にとって今年度最後の授業だっただけではなく、この小学校で授業をするのも最後となりました。勤務校は統合のために今年度いっぱいで閉校となるからです。昨年、一昨年の6年生を送り出すのとは全く違う、特別な思いもありました。6年生のあるクラスではB5判の紙に罫線とお花のイラストが印刷された紙に、一人1枚ずつ手紙を書いてリボンで綴じられたものをプレゼントされました。(涙腺決壊注意報発令。)

…で、現実的な話。子どもたちの多くは「英語の授業が楽しかった」「中学校でも英語の勉強をがんばりたい」という内容を書いていたのですが、気になる内容もありました。それは「ぼくは(私は)英語が苦手だったけど、先生の授業を受けて…」(これ以降は人それぞれですが、「わかるようになったから嬉しかった」「楽しかった」という肯定的な内容が続きます)という文言がクラスの3分の1ほどあったことです。

この学校では、低中学年にJTEは入っておらず、年に3~5回ほどALTが入って英語活動を行っています。学校がテーマやトピックをリクエストするだけで、あとはALTの派遣会社が作成したプログラムに沿って授業がされています。私はスケジュールの都合でALTによる低中学年の英語活動を参観するチャンスは一度もなかったのですが、年に数回しかない英語活動で英語が苦手な子ができちゃうの?と思いました。

もう一つ。このお手紙とは別に、今日の授業の最後のふりかえりカードでは、記入時間を少し長めに取って、この時間だけではなく、1年間の外国語活動の感想や心に残っていることも書いてもらったのですが、意外だったのが「ゲームが楽しかった」よりも「DVDを見たり、一緒に動いたりするのが楽しかった/ためになった/勉強になった」という記述でした。確かに、CDやDVDを使って歌やチャンツや物語を視聴させる機会は多かったのですが、いわゆる「英語ができる子」にとってはもしかしたら退屈かな?と思うこともありました。

おそらく私が立案して担任の先生と共に創り上げて来た授業は、外国語活動に関わる人たちからは「コミュニケーションが少ない」と批判され得る内容かもしれません。でも私は中高での経験から、週1回かそれ以下の頻度でしか英語の授業がない、しかも自宅学習を前提としない小学校段階で、児童が定型文でさえも、音を司って、文を産出して、友だちどうしでやりとりをしあうのは、大人が考えている以上に難しいと感じています。ですから「聞いてわかる」(これも立派なコミュニケーションですし、コミュニケーションの基礎の基礎です)を大切にし、子どもたちに無理やり言わせない、子どもたちが「言いたくない」あるいは「自信がないので言えないのに言わなければならない」状況は作るまいと心がけてきました。

かと思うと、今年度からこの学校に異動されて、初めて一緒に組んだ先生(この学校の外国語活動担当)からは「子どもたちがこんなにたくさん英語を言う授業は今年度が始めてでした」という感想を頂き、これまた意外でした。

決して驕ってはいけないのですが、今日一日だけで、自分の取り組みに少し自信が持てました。

コメントの投稿

Secret

リンク
検索フォーム
英単語テスト
QRコード
QR
月別アーカイブ