今日もツッコミ(しかも激辛)

今日はこちらの記事に注目してみました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140926-00000140-mai-life

「新聞記事を鵜呑みにしない」のは私の読み方です。別に嘘を書いているとまで言うつもりはありませんが、多かれ少なかれ記者の主観が入り、ネタ元(この記事なら文部科学省の有識者会議)が本当に伝えたいことをすべて拾い上げているわけではなく、悪く言えば新聞社にとって都合のよいこと、あるいは記者にとって関心のあることに偏ってしまうこともあると思っています。

そういうことを含んだうえで、またまた独り言のごとくつぶやきます。(以下、青字は記事からの引用です。)

教科の目標例として「初歩的な英語を聞いて話し手の意向を理解できるようにする」「アルファベットを書くことに慣れ親しむ」などを挙げた。

これ自体は小学校時代の英語教育の目標として妥当でしょう。ただ、後半の「アルファベットを書くことに慣れ親しむ」を誤解したり拡大解釈する指導者は出てくるでしょう。今だって、ろくに研修を受けていないALTにお任せ状態になっている小学校では、ネタに困ったALTがいきなり4本線だけ書かれた紙を配って、単語(たとえば曜日名とか)を書いて写させる活動を平然とやっている学校もありますから。彼らの言い分は「これは子ども向けの活動」であって、学習指導要領の存在などは関係ないのです。(これはALTだけが悪いのではなく、彼らに丸投げしている学校あるいは担任の罪でもあります。)

「アルファベットを書く」ことと「単語を正しい綴りで書く」ことは全く別ものなのに、「単語を正しく読めるようにする、正しく書けるようにする」ことを目標とした授業を展開する指導者も出てくるんだろうな~、と危惧しています。担任にしてみれば英語を話さなくても英語を教えたことにはなるので、こんなに楽な授業はないですよね。

授業は、小学3、4年生では主に学級担任がALT(Assistant Language Teacher=外国語指導助手)と2人で指導し、5、6年生では高い英語力を持った学級担任が単独で指導する方法を示した。

記事の中で一番ビックリだったのがこの一文。どういう組み合わせが良いかという議論はさておき、現行の外国語活動でティーム・ティーチングの成果を否定する人はあまりいないと思います。それなのになぜ肝心な高学年が単独指導?3、4年が担任単独指導(もちろん教材の充実は必須)で、教科となる5、6年がティーム・ティーチングならまだ話はわかりますが…。

2011年度に小学5、6年生で始まった「外国語活動」は、「英語の音」に慣れ親しむのが中心だったため、英語指導の免許を持たない小学校教諭が外国語指導助手らの力を借りて「何とかこなしてきた」(東京都内の小学校教諭)のが実情だ。教科となれば当然専門性が求められる

お言葉ですが、教科でなくても「専門性を持った外国語指導助手」は今でもたくさん存在していて、現場に貢献しています。そしてその多くは日本人ですし(外国人講師は英語は話せますが「専門性を持った」人はごく一部でしょう)、専門性を持った日本人を積極的に雇用してきた自治体や学校はたとえ領域で週1コマでもちゃんと成果を上げています。

さらに、「何とかこなしてきた」先生がどれだけいるでしょう?失礼を承知で言えば、(人によっては努力も苦労もしたのに)英語嫌いを大量生産したり、コミュニケーション能力の素地すら身に付けていない(=「こなしていない」)学校も多いのではないでしょうか。これは「担任単独指導」でも「担任と外国人指導助手」でも「担任と日本人支援者」でも起きているでしょう。原因はズバリ「研修不足」と「人材選定ミス」。

小学校での英語教育が不十分なら、民間の英会話スクールに通わせる家庭が増えることも予想される。

う~ん…。「不十分」の基準はどこに?これって小学校だけで語るべき問題ではなくて、義務教育修了時もしくは高校卒業時をもって判断すべきことだと思いますが。日本の18歳の英語力がアジアの他の国に比べて劣っていると判断するのであれば、中学校・高校の英語教育をもっと本気で改革するのが先ではないでしょうか。

家計による学力格差を今まで以上に助長しかねない。

これは教科化してもしなくても避けられないでしょう。むしろ発想の転換が必要で「経済的にゆとりのない家庭の子でも学校における英語教育を受けていればアジアの他の国の18歳に劣らない英語力をつけることを保障」すればよいだけの話です。小学校での英語教育の教科化や外国人講師を全校に配置することが、そうした目標を達成するために本当に有効でしょうか。中学校、高等学校だけでは不十分なのでしょうか。中学校、高等学校についても改革案は出されていますが、そちらの成果なり課題なりを待ってから小学校の教科化を語るのでは遅いのでしょうか。英語力、指導力、人間力が十分でない人が、なぜか教員採用試験を通って堂々と中学校や高校の教壇に立っている現実を目の当たりにしている私は、英語教育改革のメスを入れる場所がどうも違っているようにしか思えません。

私は小学校の英語教科化や時間増に反対しているわけではありません。ただ、「英語教育の在り方に関する有識者会議」の議事録(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/102/index.htm#pagelink3)を読むと、あくまでも個人的な印象ですが、グローバル化だの国際競争力だの東京オリンピック・パラリンピックだのという華やかな言葉ばかりが目立ち、「今の小学生を10年後、20年後、どのような国民に育てたいのか」という具体的な道筋が見えません。外部試験を利用したりALTを増やすだけでは英語力はつきませんよ!

コメントの投稿

Secret

リンク
検索フォーム
英単語テスト
QRコード
QR
月別アーカイブ