積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度

新年度の慌ただしい毎日を過ごしているうちに、気が付けば明日で4月が終りですね。

このブログの更新が滞ったのも仕事が忙しかったから…ではなく、休日にあちこちにお花見に行っていて、ついつい止まってしまいました大好きな福島県には2回出かけました。同じ県内でも、お花見スポットによって見頃が異なるので時期をずらしました。すみません。世間の学校の先生方がおそらく一番忙しい時期に呑気にお花見だなんて叱られそうです

さて、本題。先日は今年度初、久しぶりの研修に出かけました。そこで外国語活動担当の先生から相談されたことがALTについてでした。その学校では今年度からALTが変わり、高学年の担任とALTとのコミュニケーションが上手く行かずに困っているそうです。ALTは日本語がほとんどわからず、担任の中には英語が苦手な人も多く、授業の打ち合わせもままならないとか…。ご担当の先生は日常会話レベルの英語は問題ないそうですが「これから毎回、打ち合わせのたびに私が立ち会うわけにも行かないし、どうしたらよいでしょう。」

話を聞くと、昨年度までのALTも日本語で不自由なく会話できていたわけではないそうです。何が違うのか最初は私もピンと来なかったのですが、研修後に校長室で管理職の先生方、外国語活動ご担当の先生、ALTと一緒に話す機会があり、そこで何となく感じたことがあります。

それはALTの「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度」でした。あくまでも外国語活動担当先生から伺った話から想像したことなのですが、この学校の前のALTは、小学校の先生方が片言の英語で話しかけても、一生懸命に「この人はこういうことを言いたいのかな?」と耳を傾けてくれたのでしょう。その「わかろうとしてくれる」ALTの誠意が伝わるから、先生方も自分が日本語で話すときはALTにわかってもらいたいという強い気持ちが働き、ゆっくり話したり、ジェスチャーを加えたり、ということを無意識のうちになさっていたようです。

ところが先日会ったALTは、校長先生が単語を並べたような英語で話しかけても、話し手の目は見ているもののほとんど無表情でうなずいたりすることもありませんでした。私が英語で雑談を投げかけても(たぶん私の英語は通じないほど下手でも不正確でもないと思うのですが f^_^;)あまり反応がありません。さらに「授業に関することは他の先生にもわかってもらいたいので、ゆっくりした日本語で話してもよいか。」とALTに英語でことわったうえで、私が絵を描いたりジェスチャーをしながら日本語で話し始めたのですが、ほとんど「どうせわからないから」という態度でした。これでは先生方は英語でも日本語でも話しかけるのをためらってしまうでしょう。

始業式から3週間。こういう状況では先生方とALTは外国語活動のときに教室で一緒に仕事をするだけ、悪く言えばALT側からすれば担任の先生は単なるビジネスパートナー(?)という何ともドライな人間関係になっているかもしれません。おそらくALTも職員室で孤独感を抱いていることでしょう。

小学校の先生方にとって、日本語が話せるALTが来てくれたらとても気が楽ですよね。でも、そのALTに集団指導の技術もなく、教え方がすごく下手だったら、それでも喜べるでしょうか。言葉の壁がそう簡単に乗り越えられるものではないことは私もよ~くわかっています。未だに苦労していますから。ただ、少しでも壁を乗り越えるには語学力だけではどうしようもないわけで、逆に双方に「一緒に乗り越えよう」という気持ちがあれば、その壁はずっと低くなるとも思います。

これは学校や教育委員会がALTを採用するときに試験などで測れるものではなく、派遣会社がALTを研修するときに簡単に教えられるものではないような気もします。言ってみれば、その人が持っているコミュニケーションのセンスというか感性というか、結局のところは言葉の問題というより人間としての「気配り、思いやり」ではないでしょうか。

「積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度」とは、外国語で自分の気持ちや考えを伝えようとすることばかりでなく、「自分にとっての母語=相手にとっての外国語」で話しかけられたときでも、何とか相手の言うことを汲み取ろうとする態度、でもあることを意外な形で再認識させられました。

Keyword : ALT

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