小学校外国語活動を中心に英語教育全般についてつぶやき中(*^_^*)

公開授業のトレンド

先日、とある小学校の外国語活動の公開授業(研究発表)に行きました。講師ではなく、一参観者としてです。テーマは「道案内」でした。「2月のこの時期に Lesson4?」と思う人もいるかもしれませんが、おそらくこの研究発表はかなり前から決まっていて、ここに合わせて指導する単元の順番を変えたのでしょう。確かにこの単元は扱う語彙も表現も比較的独立しているので、指導順序を前後させても特に支障はありません。

今年度に入って、「道案内」をテーマとした単元の授業を参観するのは5回目くらいです。そのうち、「本時の目標」「活動内容」「評価規準」がいずれも妥当だった授業は1件のみで、他はそもそも「道案内」になっていませんでした。体育館で大がかりな準備をしたにもかかわらず、道案内をする側とされる側が一緒になって歩いてしまっている授業もありました。やや屁理屈をこねるようですが、 “Go straight.” “Turn right / left.” を言わずに“Follow me.” だけ言えば済んでしまう状況でした。

外国語活動が必修化された頃やその前は、公開授業で定番と言ってもよいくらいよく扱われていたテーマは「買い物」でした。最近はそれが「道案内」になってきているような気がします。ある種の流行でしょうか。どちらも準備に手間はかかるものの、児童の動きが保証されるため、学級崩壊でもしていない限り誰がやっても活気づいて見栄えのある授業にはなります。でも小学校段階ではたいていの場合うまく行きません。なぜか?そもそも「道案内」を小学校の外国語活動で扱うことが必要なのでしょうか。その都度、“Go straight.” を繰り返し言うようなヘンテコリンな道案内がどこにあるでしょう?案内する側が “Go straight.” と1回言ったら案内される側が1ブロック動き、それを見届けてから案内する側が次の指示を出す…まずこれが変なのです。だから上記のように案内する人とされる人が同行する、ということが起きるのです。

小学生のうちに “Go straight.” “Turn right / left.” を知ること自体はよいと思いますが、「道案内をしよう」というゴール設定をしてしまうことに無理があります。「そこの角を左に曲がるとすぐ見えます。」程度の短距離ならともかく、碁盤の目のような道路ばかりではないのに、5分あるいはそれ以上かかる距離の道案内を日本語でできる小学生がどれだけいるでしょう?位置認識と論理的思考と説明力の三拍子がそろわないと道案内はできません。さらには学校あるいは教室という「作られた」環境で「道案内ごっこ」はできても「道案内」はできません。本気でやるとなったらかなり大がかりな準備や強力な外部人材の助けが必要となります。(とはいえ、Hi, friends! にあるものをあからさまに無視はできないので、私の勤務校では上記の表現や建物・施設名は教えていますし、「道案内」そのものではなく “Go straight.” や “Turn right / left.” という表現を児童が「言わされている」と感じないような活動を入れていますし、それでよいと思っています。)

授業の最初で気になること

今となっては懐かしい遺物にさえなりつつ「英語ノート」が世に出た頃、私が一番嫌だったのは “How are you?” に対する応答として “I'm hungry.” “I'm sleepy.” などを教えてしまうことでした。別に全員が “I'm fine. Thank you.” と言う必要はありませんし、むしろすべての児童が声をそろえて “I'm fine. Thank you. And you?” と言う方が気持ち悪いとさえ思いました。

「英語ノート」出版当時、ある児童英語の専門家が「“How are you?” は挨拶であって健康調査ではありません。」と言っているのを耳にしたときはスカッとしました。このヘンテコリンな(少なくとも私はそう思う)やりとりは Hi, friends! にも引き継がれてしまっているわけですが、最近ではもっと違和感のある事態が小学校の現場で起きているような気がします。授業の冒頭、ALTと児童の間でこんなやりとりが行われているのです。

ALT: Hello, everyone. How are you?
児童: I'm fine. Thank you. And you?
ALT: I'm fine. Who is hungry?
(何名かの児童が黙って挙手)
ALT: Who is sleepy?
(同じく何名かの児童が黙って挙手)
ALT: Who is happy?
(同じく何名かの児童が黙って挙手)

他にも Who is tired? Who is hot? などがALTの口から飛び出すことがあるわけですが、どんな問いかけに対しても児童の行動は黙って手を挙げるのみです。この間、たいてい担任は児童を観察しているのみか、児童の挙手を促すかのように自分も手を挙げている程度のことしかしていません。

この現象がある学校とかある地域だけなら、「ああ、こういうおかしなローカルルールを作っているんだな」で済むのですが、驚いたことに都内の、それぞれ離れた市区で同じような展開がなされています。しかも低学年、中学年、高学年のどの学年でもこういう場面に出くわします。もしかしてこれって今どきの外国語活動のブーム??…と思いきや、さすがにそうではないようです。(ちょっぴりホッ

どうやら、とある大手のALT派遣会社が、研修でこのようなことをやっているようです。私が参観させていただいた小学校のうち、上述のような場面に出くわした学校のALTの派遣会社が同じでした。

言語だけがコミュニケーションの手段ではないので、ALTの問いかけに児童が挙手のみで反応することが一概に無意味だとは思いません。問題は「これって何のためにやってるの?」です。昨年の秋頃、ある小学校でもこうしたやりとりが行われているのを見ました。担任の先生が外国語活動に熱心に取り組んでいる方なので、授業後に率直にたずねてみました。「先生、あの一連のやりとりは何が目的ですか?」尋ねられた担任の先生はキョトンとされていました。そもそも挨拶に目的なんてあるのか?と思っていたようです。でも “Who is hungry?” は挨拶ではありません。ALTの Who is hungry? という問いかけに対して、お腹が空いている児童が手を挙げて“I'm hungry!” とアピールするなら理解できますし、Warm-up と捉えられないこともありません。おそらくこの先生をはじめ、ALTが持ち込んだこうしたやりとりをただ微笑んで見守っている担任の先生方は、目的など考えてはいらっしゃらないのでしょう。…でも、それでいいの??

モジュール仰天案

2月に入り、各学校では平成29年度に向けての動きがいよいよ活発になってきていることと思われます。私も研修に出向いている中で次期学習指導要領実施に関わる話題を多く耳にするようになりました。

教育委員会や校長先生の大きな悩みの種の一つが高学年の時間数問題ではないでしょうか。平成32年度の全面実施時には外国語が年間70単位時間となっているものの、45分を週2コマにするのか、45分を週1コマという今まで通りの時間割編成にプラスして15分のモジュールをたくさん行うのか、土曜日の登校回数を増やして授業時間を確保するのか、夏休み中などに集中して行うのか…など、選択肢が多いだけに頭を抱えている人も多いと思います。一方で、すでに自治体としての方針を決めて動き出している地域もあります。

そのような中、先日耳にした元中学校の先生の発言にびっくり仰天しました。「15分のモジュールを毎週3回やればいいんじゃないの?担任単独で会話指導なんて無理だから、ペンマンシップ配ってアルファベット書かせて、中1で習う単語を繰り返し書くような時間にすれば?担任は特に準備いらないし、高学年でライティングをがっちりやれば単語のスペルも覚えられるし、子どもたちだって中学校に入ると単語が覚えられなくて難しい、なんてこともなくなるし、15分程度なら集中力も切れないしいいことだらけじゃない。」

…で、コミュニケーションは??その人曰く「それは中学校入ってからでいいでしょ。どうせ小学校の先生に英語でコミュニケーション教えろって言ったって無理なんだから。」

開いた口がふさがらないとはまさにこのこと…と、言いつつ、私も高学年が教科化されたら「高学年の児童は文字に興味を持つ」という点だけが取沙汰され、児童が黙々と鉛筆を動かすだけの時間が増大し、ますますコミュニケーションから遠ざかり、時間増に見合うだけのコミュニケーション力が身につかないどころか、逆効果になりかねないことを危惧しています。頼む…こういう人は小学校英語教育について黙っていてほしい…。