小学校外国語活動を中心に英語教育全般についてつぶやき中(*^_^*)
人にもよる…
2016年10月23日 (日) | 編集 |
次期学習指導要領の改訂に伴う外国語教育改革の話題が、日に日に頻繁に聞かれるようになりました。私の周りでも色々な議論が飛び交っていると同時に、特に小学校の先生方からは不安の声も高まっています。

そうした声に混じって、こんな声も聞かれます。「中学校の英語の先生で退職した人にJTE、できれば専科に近い形で入ってもらえばいいんじゃないか。」

この「退職した人」が定年退職なのか、あるいは結婚や出産などの事情でまだ働き盛りの年齢で退職したけれど今はまた働けるようになった人なのか、でも事情は変わってきますが、こういう人が小学校にJTEとして入るのは必ずしもプラスばかりではないような気がしています。かく言う私は後者の一人ですが、自己評価では中学校での経験を活かせていると思いますし、現場でも迷惑がられていることはないと思います。(思いたいf^_^;)。ただ、JTEとして働き始めたばかりの頃は、(小学校がまだ必修化前で領域にすらなっていなかった、というのが要因としては大きいと思いますが)、小学校と中学校のギャップを頭ではわかっていても実際の指導となると難しくて、中学校での経験が足かせになっているかも、と思ったことも多々あります。

たいていの場合は、校種の違いがあったとしても「学校での指導経験がある人」の方が、過去の経験が活きるはずですが、本人が小中の共通点と相違点の両方をきちんと理解し、小学校の先生を尊重し、小学校での指導経験がないのなら謙虚な姿勢で勤めないと、かえって小学校側にも迷惑がかかることがあるような気がします。特に定年退職をした方は、本人にはそれなりのプライドもあるでしょうし、小学校の先生から見れば言いたいことも言いにくくなってしまうのではないでしょうか。(還暦を過ぎたおじいちゃまが「無償ボランティアでJTEはやりたくないね。」と言っていたのを聞いたことがありますが、老後のお小遣い稼ぎのようなつもりでJTEをされるつもりなら、お辞めいただいた方がお互いの幸せだと思いますf^_^;)

自戒の念をこめて書かせていただくなら、元中学校の英語教師が小学校で外国語(活動)の指導に関わる際、自分自身や中学校だけに都合のよい指導に走るのではなく、児童にプラスになり、かつ小学校の先生の支援になるような働き方をしたいものです。小学校にとって実は迷惑な指導者にならないよう気を付けたいですね。

気付かせる
2016年10月09日 (日) | 編集 |
外国語活動の単元目標によく出てくる「~に気付く」という言葉。主語はもちろん児童です。反対側の視点、つまり指導者が主語になると「~に気付かせる」となります。

指導者が一方的に教え込むのではなく、児童が英語に触れる中で日本語との類似点や相違点に気付いたり、言葉そのもののおもしろさや文化の違いに気付く過程はとても大切です。ただ、一口に外国語を学ぶと言っても、発音(イントネーションやリズムも含む)、文字、表現、文法など学ぶ要素は多岐に渡っています。学ぶ要素によっては「気付かせる」だけではなく、明示的に教える方が有効なこともあるのではないでしょうか。(もちろん文科省はその点を十分わかったうえで Hi, friends! を作っていると思います。)

日本人は、英語ができなければ生活に困る、ということはありません。一方、意識的に自分から英語に近づいて行かなければ、まとまった量の音声にも文字にも触れることはできません。日本人の多くの子どもたちにとって、英語はそんな簡単に身近な道具になるわけではありません。英語の勉強以外にもやることはたくさんありますから。そういう環境の中で「気付かせる」一辺倒では、とても効率が悪く、ともすれば子どもたちが英語学習への興味や動機を失う引き金になってしまうこともあるのではないかと思います。特に学校のように集団教育の場では、気付くきっかけや気付くまでの時間に個人差がありますから。「気付かせる」と「少しだけ教えて、たくさん使わせる」のバランスが大事で、「何に気付かせ、何を示すか」を、指導者が学習者の実態に応じて慎重に考えなければいけないんですよね