小学校外国語活動を中心に英語教育全般についてつぶやき中(*^_^*)
ついに20回目!
2016年02月27日 (土) | 編集 |
毎年お世話なっている離島の小学校での研修が今回で20回目となりました。いや~、よく続いているよね~、と自分でも感心。(自分がどう、というより、「よく学校が私に懲りずに依頼してくださるよね~」という意味でf^_^;)

8年前に初めて訪問したときは小学校1年生が欠学年(=小1の児童が誰もいない)で小2の男子児童2名が学校で最年少だったわけですが、その子たちが今は中3になり、学校のお兄さんたちになり、あと1ヶ月ほどで親元を離れて島を出ます。

今回の研修も、というより今回は特に失敗の連続で「どうした?自分」と自問する場面も多々あったのですが、(先生方と児童には申し訳ないけれど)自分の課題を改めて冷静に見直すいい機会にもなりました。(そして中学校の英語科の先生にピンチを救っていただきました )20回続いているとはいえ、先生方の異動や児童数の変化によって、研修に求められるものも、こちらが提供すべきものも変わってきます。

例えば都会の中規模校であれば児童数が300名から310名に増えても大差はありません。でも島の小さな小学校では全児童数が10名と20名では大違いです。1年生から6年生まで全学年が合同で英語活動を行うがゆえの良さと難しさは以前と同じですが、今年度のこの学校は児童数が増えた上に、1~3年の下学年の児童が全校児童の約4分の3を占めているため、英語のレベルも知的内容も照準の合わせ方が以前よりも難しくなっています。

昨年の今ごろは「20回のキリのいいところで、この島での研修は終わりにしようかな…」という思いが頭をよぎったこともありました。でも今回、自分の中で悔いが残り、今年度から異動していらした中学校の英語科の先生の熱い思いを感じ、小学校の先生方の「教科化と時間数増への不安」を肌で感じ…と、色々な要因があってやめるにやめられなくなってしまいました(苦笑)。「もうちょっと続けなさい」という天のお告げかなf^_^;。

最後の授業
2016年02月16日 (火) | 編集 |
JTEとして勤務している小学校で、私が担当する外国語活動の授業は今日が最後でした。自治体の規定でJTEの勤務は学級当たり21回と決まっているのです。

今日は私にとって今年度最後の授業だっただけではなく、この小学校で授業をするのも最後となりました。勤務校は統合のために今年度いっぱいで閉校となるからです。昨年、一昨年の6年生を送り出すのとは全く違う、特別な思いもありました。6年生のあるクラスではB5判の紙に罫線とお花のイラストが印刷された紙に、一人1枚ずつ手紙を書いてリボンで綴じられたものをプレゼントされました。(涙腺決壊注意報発令。)

…で、現実的な話。子どもたちの多くは「英語の授業が楽しかった」「中学校でも英語の勉強をがんばりたい」という内容を書いていたのですが、気になる内容もありました。それは「ぼくは(私は)英語が苦手だったけど、先生の授業を受けて…」(これ以降は人それぞれですが、「わかるようになったから嬉しかった」「楽しかった」という肯定的な内容が続きます)という文言がクラスの3分の1ほどあったことです。

この学校では、低中学年にJTEは入っておらず、年に3~5回ほどALTが入って英語活動を行っています。学校がテーマやトピックをリクエストするだけで、あとはALTの派遣会社が作成したプログラムに沿って授業がされています。私はスケジュールの都合でALTによる低中学年の英語活動を参観するチャンスは一度もなかったのですが、年に数回しかない英語活動で英語が苦手な子ができちゃうの?と思いました。

もう一つ。このお手紙とは別に、今日の授業の最後のふりかえりカードでは、記入時間を少し長めに取って、この時間だけではなく、1年間の外国語活動の感想や心に残っていることも書いてもらったのですが、意外だったのが「ゲームが楽しかった」よりも「DVDを見たり、一緒に動いたりするのが楽しかった/ためになった/勉強になった」という記述でした。確かに、CDやDVDを使って歌やチャンツや物語を視聴させる機会は多かったのですが、いわゆる「英語ができる子」にとってはもしかしたら退屈かな?と思うこともありました。

おそらく私が立案して担任の先生と共に創り上げて来た授業は、外国語活動に関わる人たちからは「コミュニケーションが少ない」と批判され得る内容かもしれません。でも私は中高での経験から、週1回かそれ以下の頻度でしか英語の授業がない、しかも自宅学習を前提としない小学校段階で、児童が定型文でさえも、音を司って、文を産出して、友だちどうしでやりとりをしあうのは、大人が考えている以上に難しいと感じています。ですから「聞いてわかる」(これも立派なコミュニケーションですし、コミュニケーションの基礎の基礎です)を大切にし、子どもたちに無理やり言わせない、子どもたちが「言いたくない」あるいは「自信がないので言えないのに言わなければならない」状況は作るまいと心がけてきました。

かと思うと、今年度からこの学校に異動されて、初めて一緒に組んだ先生(この学校の外国語活動担当)からは「子どもたちがこんなにたくさん英語を言う授業は今年度が始めてでした」という感想を頂き、これまた意外でした。

決して驕ってはいけないのですが、今日一日だけで、自分の取り組みに少し自信が持てました。

校長先生のカラー
2016年02月05日 (金) | 編集 |
私は仕事柄、色々な小学校の校長先生と接する機会があります。研修などで校長室にお邪魔して校長先生にご挨拶するだけで、何となく校風がわかり、「今日の研修はうまく行くかも」「この学校での研修はちと厳しいかも」と感じることがあります。もちろん変な先入観は持たないように心掛けていますが、だいたい当たります(当たってしまいます)。前者の方が圧倒的に多いんですけどね。

校長先生の中には、お一人の人間としても、教育者としても、本当に魅力的な方がいらして「人の上に立つ人はこうじゃないとね」と納得させられる方もたくさんいらっしゃいます。外部の研修講師の私が言うのも何ですが「ああ、こういう校長先生の下で働ける先生方は幸せだろうな~」としみじみ思います。前回の記事でふれた学校の校長先生もそうしたお一人です。

小学校の先生方は本当に激務で、それでも大きな行事や研究発表を何とかこなせるのは、一人一人の先生方の力はもちろんのこと、先生方がその力を発揮できる環境なり条件なりを管理職が作ってこそでしょう。そういう校長先生の共通点は「ほめ上手」。人を育てる上で、ごく基本的なことかもしれません。管理職である以上、ときには苦言を呈さなければならないこともあるでしょうが、日頃から先生方の良い所を見抜いて、ほめて、信頼関係を築いている上司の言葉なら、少し苦くても呑みこめるのではないでしょうか。

ちなみに私がJTEとして勤務している小学校は、校長先生も副校長先生も素敵な管理職です(幸)