小学校外国語活動を中心に英語教育全般についてつぶやき中(*^_^*)
今日もツッコミ(しかも激辛)
2014年09月27日 (土) | 編集 |
今日はこちらの記事に注目してみました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140926-00000140-mai-life

「新聞記事を鵜呑みにしない」のは私の読み方です。別に嘘を書いているとまで言うつもりはありませんが、多かれ少なかれ記者の主観が入り、ネタ元(この記事なら文部科学省の有識者会議)が本当に伝えたいことをすべて拾い上げているわけではなく、悪く言えば新聞社にとって都合のよいこと、あるいは記者にとって関心のあることに偏ってしまうこともあると思っています。

そういうことを含んだうえで、またまた独り言のごとくつぶやきます。(以下、青字は記事からの引用です。)

教科の目標例として「初歩的な英語を聞いて話し手の意向を理解できるようにする」「アルファベットを書くことに慣れ親しむ」などを挙げた。

これ自体は小学校時代の英語教育の目標として妥当でしょう。ただ、後半の「アルファベットを書くことに慣れ親しむ」を誤解したり拡大解釈する指導者は出てくるでしょう。今だって、ろくに研修を受けていないALTにお任せ状態になっている小学校では、ネタに困ったALTがいきなり4本線だけ書かれた紙を配って、単語(たとえば曜日名とか)を書いて写させる活動を平然とやっている学校もありますから。彼らの言い分は「これは子ども向けの活動」であって、学習指導要領の存在などは関係ないのです。(これはALTだけが悪いのではなく、彼らに丸投げしている学校あるいは担任の罪でもあります。)

「アルファベットを書く」ことと「単語を正しい綴りで書く」ことは全く別ものなのに、「単語を正しく読めるようにする、正しく書けるようにする」ことを目標とした授業を展開する指導者も出てくるんだろうな~、と危惧しています。担任にしてみれば英語を話さなくても英語を教えたことにはなるので、こんなに楽な授業はないですよね。

授業は、小学3、4年生では主に学級担任がALT(Assistant Language Teacher=外国語指導助手)と2人で指導し、5、6年生では高い英語力を持った学級担任が単独で指導する方法を示した。

記事の中で一番ビックリだったのがこの一文。どういう組み合わせが良いかという議論はさておき、現行の外国語活動でティーム・ティーチングの成果を否定する人はあまりいないと思います。それなのになぜ肝心な高学年が単独指導?3、4年が担任単独指導(もちろん教材の充実は必須)で、教科となる5、6年がティーム・ティーチングならまだ話はわかりますが…。

2011年度に小学5、6年生で始まった「外国語活動」は、「英語の音」に慣れ親しむのが中心だったため、英語指導の免許を持たない小学校教諭が外国語指導助手らの力を借りて「何とかこなしてきた」(東京都内の小学校教諭)のが実情だ。教科となれば当然専門性が求められる

お言葉ですが、教科でなくても「専門性を持った外国語指導助手」は今でもたくさん存在していて、現場に貢献しています。そしてその多くは日本人ですし(外国人講師は英語は話せますが「専門性を持った」人はごく一部でしょう)、専門性を持った日本人を積極的に雇用してきた自治体や学校はたとえ領域で週1コマでもちゃんと成果を上げています。

さらに、「何とかこなしてきた」先生がどれだけいるでしょう?失礼を承知で言えば、(人によっては努力も苦労もしたのに)英語嫌いを大量生産したり、コミュニケーション能力の素地すら身に付けていない(=「こなしていない」)学校も多いのではないでしょうか。これは「担任単独指導」でも「担任と外国人指導助手」でも「担任と日本人支援者」でも起きているでしょう。原因はズバリ「研修不足」と「人材選定ミス」。

小学校での英語教育が不十分なら、民間の英会話スクールに通わせる家庭が増えることも予想される。

う~ん…。「不十分」の基準はどこに?これって小学校だけで語るべき問題ではなくて、義務教育修了時もしくは高校卒業時をもって判断すべきことだと思いますが。日本の18歳の英語力がアジアの他の国に比べて劣っていると判断するのであれば、中学校・高校の英語教育をもっと本気で改革するのが先ではないでしょうか。

家計による学力格差を今まで以上に助長しかねない。

これは教科化してもしなくても避けられないでしょう。むしろ発想の転換が必要で「経済的にゆとりのない家庭の子でも学校における英語教育を受けていればアジアの他の国の18歳に劣らない英語力をつけることを保障」すればよいだけの話です。小学校での英語教育の教科化や外国人講師を全校に配置することが、そうした目標を達成するために本当に有効でしょうか。中学校、高等学校だけでは不十分なのでしょうか。中学校、高等学校についても改革案は出されていますが、そちらの成果なり課題なりを待ってから小学校の教科化を語るのでは遅いのでしょうか。英語力、指導力、人間力が十分でない人が、なぜか教員採用試験を通って堂々と中学校や高校の教壇に立っている現実を目の当たりにしている私は、英語教育改革のメスを入れる場所がどうも違っているようにしか思えません。

私は小学校の英語教科化や時間増に反対しているわけではありません。ただ、「英語教育の在り方に関する有識者会議」の議事録(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/102/index.htm#pagelink3)を読むと、あくまでも個人的な印象ですが、グローバル化だの国際競争力だの東京オリンピック・パラリンピックだのという華やかな言葉ばかりが目立ち、「今の小学生を10年後、20年後、どのような国民に育てたいのか」という具体的な道筋が見えません。外部試験を利用したりALTを増やすだけでは英語力はつきませんよ!

実感がないのは私だけ?
2014年09月22日 (月) | 編集 |
こちらの記事

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140922-00050057-yom-soci

を読んで、頭にいっぱい「?」がよぎると同時に「やっぱり現場をわかっちゃいないよねえ…」と思いました。

「質の高い学習環境を整える上で、英語を母国語とするALTの確保や活用が課題として指摘されていた。」
う~ん…少なくとも私が色々な形で関わったことのある小学校で、ALTがいるおかげで外国語活動の質が上がったと感じたことはほとんどありません。逆にALTがおかしなことをやっていて、英語嫌いを作ったり中学校に円滑に接続できない状況を作ったりしている例は山ほど見てきました。だからと言ってそうした学校が担任一人で授業をしたら質が上がるかというとそれも言えませんが。どうして素直に英語が使える日本人を本気で指導者として育てようとしないんでしょうね。

ALTではなく英語が話せる日本人がJTEとして学校現場に入った方が上手く行く、などと言うつもりはありません。JTEでも指導者として不適格なのに税金からお給料をもらっている人もたくさんいますから。ただ、どうせ養成にお金やエネルギーをかけるなら、ALTだけに依存するのではなくJTEであるがゆえのメリットも活かせばよいのに、政府がそういう柔軟な考え方ができず、「英語=外国人」という固定観念しかないように思えてしまうのです。


この一言に無能さを感じる
2014年09月13日 (土) | 編集 |
かつて中学・高校に勤めていたときも教え子に対して「頑張って」という言葉は使わないようにしていました。それでも口から出てしまうことは何度もありました。自分の口から「頑張って」の一言が出るときは、他に的確な励ましの言葉がないとき(=実は私も苦しいとき)だということはどこかでわかっていました。

先日はある小学校で外国語活動の授業を参観させていただき、その後で授業者である担任の先生とお話しする時間がありました。ALTとのティーム・ティーチングが上手く行かない、自分の英語力に自信がない、高学年になると子どもたちがなかなか声を出さない…と、その先生の口から出てくるのは否定的なことばかりでした。

だからと言って、この先生ご自身が外国語活動に対して否定的というのではなく、むしろあまりに真面目で熱心なために(失礼を承知で言えば)空回りしてしまっているようにも思えました。「もっと肩の力を抜けばいいのに」というのが正直なところなのですが、日頃からその先生と信頼関係ができている管理職の方や先輩の同僚に言われるならともかく、私のような外部講師がそれを言ってはおしまいでしょ…な台詞です。若手の先生のせいか、素直に日頃の悩みを吐露してくださり、その一つ一つについてできるだけ具体的に、にこやかにお答えしました。そして別れ際に私の口から出た言葉がこれでした。

「どうぞ子どもたちと一緒に外国語活動を楽しむつもりで、今日お話ししたことのうちできることから一つ一つ実行してみてください。頑張ってくださいね

ああ…言ってしまった。こういう場面で私から「頑張って」と言われたところで、その先生にとっては励みにも何もなっていないのです。「頑張ってください」の一言に、自分の無力と無能さを感じてしまった瞬間でした。

だって預言者じゃないし…
2014年09月07日 (日) | 編集 |
昨年あたりから研修でたまにきかれる質問がこれ
「次の学習指導要領の改訂で、小学校の英語ってどうなるんですか

私の解答。
「私にもわかりません。文部科学省からの公式な発表を注意深く待つしかないと思います。」

何だか頼りない講師に思えるかもしれません。そう思いたい人は思ってかまいません。でも私は預言者ではありませんから。

外国語活動が必修になるまでも、なってからも、小学校英語については噂あるいはデマに近いような声があちこちで聞かれました。未だに「小学校ではアルファベットを教えない」とか、逆に「3年生でローマ字をやっているんだから、小学校卒業までにアルファベットは全部書けるようになっているんでしょ」とか、当たり前のような顔をして言う人もいるくらいです。

この夏、ある小学校の先生からはこんな声も聞こえました。
「小学校に英語の専科教員が来たら、私たち担任は英語の授業に必要なくなるんですね。この10年間、一生懸命取り組んできたのに…」

別の小学校の先生
「必修化になって、こんなに苦労して頑張ってきたのに、これで教科になって時間数が増えたら、また私たちの負担が増えるのでしょうか。」

お気の毒に…。現場のこうした不安や困惑に満ちた声を関係者はどれだけ真剣に受け止めているでしょうか。私もあまり無責任なことは言いたくないのですが、悩める小学校の先生に一つだけ申し上げたいのは「正式決定していないことがほとんど」という点です。現段階で文科省の関係者や英語教育を専門とする大学の先生が、どこかの研修やシンポジウムで発言したことでさえ、数年後にどれだけ現実のものとなっているかどうか、私は疑わしいと思っています。特に、小学校英語推進派の方々の発言は冷静に受け止めなければいけないと感じています。

人間はどうしても口を開けば自分の主観が入ってしまって仕方ありません。例えば、文字指導やフォニックスに関心の高い人は、あたかも次の学習指導要領では高学年で文字の読み書きが入ることが当然のように言いますが、これとて決定事項ではないはずです。少なくとも私は、今のように英語を専門としない小学校の先生による単独指導、あるいは、そうした担任の先生+英語教育の専門的な訓練を受けていないJTE/ALTのティーム・ティーチングでフォニックスの指導を実施することは大反対です。(中学校の英語の先生でも、まともにフォニックスの指導ができる人の方が少ないことは実感済ですから。)

今は目の前の子どもたちにとって最良と思えることに真剣に取り組み、そして数年後に小学校英語がどういう方向に行っても右往左往しないよう、日々、英語力と指導力の向上のために勉強するのみ、です。

夏休みが終わってホッとする…?
2014年09月01日 (月) | 編集 |
多くの学校は今日から2学期ですね。うちの近所でも朝から子どもたちの元気な声が聞こえたのは久しぶりでした。先生方は月曜始まりの2学期なので、今年はちょっと大変…私の本音は「夏休みが終わってちょっぴりホッとしている」…なんて言ったら、世の先生方からお叱りを受けるでしょうか。

夏休みの初めと終わりは研修が多くて、好きでやっている仕事とはいえ、やはり大変です。研修前の準備は頭を悩ませ、色々準備し、ときには睡眠不足になることも。それでもいざ研修が始まって先生方のお顔が見えるとスイッチが入って、あとはエンジン全開。そして、帰宅後にはその反動が出ます。もう若くないですし f^_^;。

夏休み後半の研修でも色々なことがありました。「(今さら)そんなこときかれても…」な質問2つ。

「ALTとの打ち合わせ時間をどう取ればよいか?」

これって外部講師の私にきくことではないでしょ。「なかなか時間が取れないので、何か工夫できることはないか?」という質問ならわかりますし、こちらも色々と答えはありますけど…。

「小学校で英語をやる意義って何なんですか?」

これは質問した先生の表情や口調から判断すると質問という皮を被った八つ当たりに思えてなりません。私を試したかったのでしょうか。たぶんこの方は今までに他の講師にも同じような質問をしてきたのではないかと察しています。文科省や教育委員会関係者がいかにも言いそうな役人的、マニュアル的な答えをしても、大学の先生が言語習得論を持ち出して語りそうな答えをしても、この先生には聞きなれた回答でしょう。それなら想定外の話しをして煙に巻く(?)しかありません。私には小学校で英語を学んできた(民間ではなくあくまでも学校で週1回慣れ親しんできた)中1とそうでない中1を同じ教室で教えたという経験があります。それをお話ししたら、もちろんその先生は納得したように見えませんでしたが、少なくとも反論あるいは次の質問(苦情?)は出てきませんでした。この先生は「小学校で英語なんかやっても意味ないですよね」以外の答えには納得しないかもしれません。小学校英語に反対という個人の思想は大いに結構です。大変なのもわかります。ただ、「2学期からの外国語活動に活かせることを学びたい」という人が多く集まっている研修で、時間も限られているわけですから、発言の内容には大人としての気配りがほしいところです。

そして、こんな出会い(再会)も…

「私、○○区でも先生の研修を受けたことがあって…」

ある小学校での研修に、どこでお会いしたのかもお名前も覚えていませんでしたが、お顔だけ見たことがあるような先生がいらっしゃいました。研修後にその先生から声をかけられてびっくり。「私、今年の9月から産休代替でこの学校に勤めることになっているんですけど、3年前に○○区の研修でも先生にお世話になって、とても懐かしいし、相変わらず楽しい研修なので嬉しかったです!」

あわわ~、やはり世の中って狭いんですね。悪いことはできません(苦笑)


そんなわけで先週の金曜日までは日替わりであちこちに出かけて研修続きだったのですが、一昨日からは第二の夏休み(ただし短期)といった感じです。とはいえ、研修講師として一段落つくことができても、夏休みが終われば今度はJTEとしての仕事が再開です。今日は一日中ほぼ雨だったので、家でコーヒーを飲んだり、好きな音楽をかけたりしながら、ゆっくりと授業案を練ったり色々な準備をしています。さて、子どもたちがワクワクする授業をするために、今年の2学期はどんな仕掛けをしましょうか。こういう時間、わりと好きです